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ニュースレターNo.3 「組成物発明の特許請求の範囲 判例解説」

<概要>

今回は、判例、平成15年(ワ)第6064号 特許権侵害差止等請求事件について書いてみました。
この事件は、緑化・土壌安定化用無機質材料に関するものです。原告である特許権者が、被告製品(緑化土壌安定剤)の製造等の差止め及び廃棄等を求めたものです。
原告特許権の特許請求の範囲は下記の通りです。
「(A) フライアッシュ成分 100重量部に対し、
(B) 硫酸アルミニウム 1〜20重量%
硫酸カルシウム  1〜20重量%
シリカ粉末    1〜20重量%
セメント成分 10〜80重量%
とから成る添加剤  10〜50重量部
を混合して成ることを特徴とする緑化・土壌安定化用無機質材料。」
争点は、被告製品の緑化土壌安定剤が硫酸カルシウムを1〜20重量%含むか否かと言う点にありました。
A. 原告の主張の要点は下記の通りです。
1. 原告製品と被告製品を対象として、(a) ICP発光分光分析法及び中和滴定法等による分析、(b) X線回折法による成分同定、(c) 元素のICP分析を実施し、両製品に含まれる化合物と元素についての分析結果が一致したことから、被告製品は本発明の技術的範囲に属する蓋然性が高い。
2. 被告製品に含有される化合物の割合について、フライアッシュ及びセメントの成分データに基づいて計算した結果、被告製品の構成成分量は、本発明の構成要件を充足する。
3. 被告が開示した被告製品の構成成分量のうち、硫酸カルシウム含有率とセメント含有率は、被告製品を分析した結果と一致しない。
B. 被告の反論は重複するので省略します。
C. 裁判所の判断の要点は下記の通りです。
1. 原告の主張1に対する判断
(a) 原告は、原告製品及び被告製品をICP発光分光分析法及び中和滴定法等により分析して、SiO2、Al2O3、Fe2O3、CaO、MgO、Na2O、K2O、SO3、P2O5、CO2の含有割合を数値で示している。しかし、構成要件に係るフライアッシュ、セメント成分、シリカ粉末、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウム自体の含有割合を測定していない。
(b) 原告は、原告製品及び被告製品をX線回折法により分析して、CaCO3、SiO2、CaSO4、CaOを同定している。しかし、フライアッシュ、セメント成分、シリカ粉末、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウムの含有割合を示していない。
(c) 原告は、原告製品及び被告製品についてICP分析により各元素を測定し、原告製品及び被告製品のいずれにも同じ元素が含まれ、その含有量もほぼ同一であることを示している。しかし、この結果は、両製品に各元素が含まれることを示すにとどまり、フライアッシュ、セメント成分、シリカ粉末、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウムの含有割合を示すものではない。
原告は、その主張1において、原告製品と被告製品とは、化合物と元素の含有量においてほぼ一致するので、被告製品は本発明の技術的範囲に属する蓋然性が高いと主張する。しかし、
分析により検出された化合物が、構成成分中に含まれていた化合物であるのか、又は混合した後に新たに生成された化合物であるのか全く不明であるから、被告製品が、原告製品と同一の構成成分を混合したものと認定することはできないこと、及び
本件のような製品においては、化合物の種類によっては、複数の構成成分に含有されている可能性があり得ること(例えば、SiO2については、セメント成分、シリカ粉末及び灰成分に含まれている可能性がある)
に照らすならば、原告製品と被告製品に含まれる化合物の含有量が近似していたことをもって、原告製品と被告製品の構成成分の含有量が同一であるとは言えない。
2. 原告の主張2に対する判断
原告は、フライアッシュ及びセメントの組成が一定であると言う仮定に基づいて、被告製品に含有される化合物の割合を算出している。しかし、フライアッシュの品質は、微粉炭の品質、発電所での燃焼方法、捕集方法等により差異があり、その組成は一様ではない。セメント成分についても、その種類によりその組成は異なり、酸化カルシウムの含有割合は一様ではない。従って、上記仮定に合理性があるとは言えない。
3. 原告の主張3に対する判断
原告は、原告製品及び被告製品、更に、石炭灰、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウム、シリカ粉末、セメントについて、外観観察、SEM観察、SEM/EDX分析、EDX元素マップ、X線回折分析を基礎として、両製品はいずれも、石炭灰を主成分とし、セメント、硫酸アルミニウム、硫酸カルシウム、シリカ成分が含まれ、粒子の形状分布、石炭灰の面積率は同一レベルにあると結論している。しかし、上記の分析方法はいずれも定性的な分析であり、定量的な結論は得られていない。また、SEM/EDX分析において、原告製品、被告製品及び石炭灰のX線スペクトルを対比しているが、原告製品及び被告製品に含まれるフライアッシュが同一の組成を有するか否かは不明であり、かつこれらフライアッシュと石炭灰が同一の組成を有するか否かも不明である。
裁判所は、以上のように述べて、原告である特許権者の主張を棄却しています。
D. 検討
原告は被告製品の分析を実施していますが、その分析は殆ど定性的なものであって、定量的な分析は実行していません。被告製品に含まれる成分を定量できなかったか否かは不明ですが、全く不可能であったとは考えられません。本来ならば、被告製品の各成分についての定量分析をして、その組成を明らかにするはずです。それをせず、原告は、原告製品と被告製品とを比較して、被告製品が原告製品と同様な成分組成を有しているから、被告製品は原告特許権の特許請求の範囲に含まれると主張しています。
このような主張をしなければならなかった理由はどこにあるのでしょうか。その最大の原因は、上記特許請求の範囲において、各成分間の切り分けが不十分であったと言うことにあると考えます。裁判所も述べている通り、例えば、SiO2については、セメント成分、シリカ粉末及びフライアッシュ成分に含まれている可能性があります。従って、被告製品中のSiO2を定量したとしても、それが、セメント成分、シリカ粉末又はフライアッシュ成分のいずれに帰属するのかが不明です。このような成分は、SiO2に限られません。
フライアッシュ成分及びセメント成分の内容が特定できないことも原因の一つです。フライアッシュの品質は、微粉炭の品質、発電所での燃焼方法、捕集方法等により差異があり、その組成は一様ではありません。セメント成分についても、その種類によりその組成は異なります。
特許請求の範囲の記載は出願人が自由に定めることができます。また、フライアッシュ成分及びセメント成分がどのようなものであるかを明細書中に開示しておけば、それらを混合すれば本発明の緑化・土壌安定化用無機質材料が得られるのですから、特に記載不備にもなることはありません。従って、特許請求の範囲を記載すると言う点のみから考えれば、何ら問題はなかったわけです。しかし、他人の実施品が、その特許請求の範囲に記載された発明の技術的範囲に含まれるか否かを判断するに際しては、このような特許請求の範囲の記載では、全く効力を有しなかったのです。例えば、SiO2、一つをとってもフライアッシュ成分に含まれるのか、セメント成分に含まれるのか、あるいはシリカ粉末に含まれるのかも決めることができないのです。硫酸アルミニウム、硫酸カルシウムについても、このような可能性があるわけです。
どうして、出願時に成分間の切り分けができていなかったのでしょうか。これは単なるミスであるとも考えられます。この特許請求の範囲の記載を見る限りでは、この発明の特徴が、どの成分により発揮されるのかが全く不明です。特許請求の範囲を記載するに際して、発明の特徴をもう少し掘り下げるべきであったのではないでしょうか。そして、特徴成分が特定されれば、このような記載になることはなかったのではないでしょうか。この特許請求の範囲を見る限りでは、余剰のフライアッシュがあるから、これを何とか有効利用したいと考えただけのように思われます。特許請求の範囲を記載するに際しては、やはり、その記載で侵害を特定できるかと言うことについても考慮が必要であったのでしょう。
また、裁判所は、「分析により検出された化合物が、構成成分中に含まれていた化合物であるのか、又は混合した後に新たに生成された化合物であるのか全く不明である」と述べています。これは明らかに特許請求の範囲の記載ミスを突かれたものです。この発明は、緑化・土壌安定化用無機質材料と言う「物」の発明です。それなのに、特許請求の範囲では「混合して成る」と言う方法的記載を用いているところに問題があるのです。何故、このような文言を使用したのかは分かりません。成分(A)及び(B)を「含む」としておけば何の問題もなかったのではないかと考えます。特許請求の範囲に、「物」の発明を記載するときは、方法的記載を極力避ける必要があると言うことは、特許請求の範囲を記載する上での基本的事項です。
この判決においては、あまり重要なことではないのですが、成分(B) の硫酸アルミニウム、硫酸カルシウム、シリカ粉末、セメント成分の所定量から成る添加剤に関し、セメント成分が10重量%である場合が考えられるでしょうか。他の成分を合計しても60重量%にしかならないのです。
後から、他人の書いたものをあれやこれや批判するのはた易いことかもしれません。それなら、お前はもっとよい特許請求の範囲が書けたのかと言われれば、書けたかどうかは分かりません。しかし、折角、このような判例があるのですから、これを踏まえて同じような間違いをしないようにしたいと考えるのは私だけではないと思います。
なお、この判例の詳細は、裁判所ホームページ(http://www.courts.go.jp/)の裁判例情報から上記の事件番号を入力することによりご覧になれます。
以 上

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